6-2号 (2022年7月)
1. 医学教育とアルコール・アディクションついて
(熊本大学大学院 生命科学研究部環境社会医学部門 環境生命科学講座法医学)
医師をはじめとする医療人育成において、教育が見直されています。かつては大学の方針がほぼ 100%反映されていた医学教育は、この 20 年で学生の能力を一定水準確保するための改革がなされてきました。2001 年に医学生の卒業時の到達目標を示した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」が文部科学省にて策定され、臨床実習開始前に大学間で共通試験を全国的に実施する「共用試験」が2005 年度から正式導入されました。2020 年度からは臨床実習後の共用試験も正式導入がされ、どの大学を卒業した医師も一定の能力が担保されるようになりました。医師法改正もされ、2023 年 4月 1 日より共用試験に合格した医学生が臨床実習として医業を行うことができるようになり、2025 年 4 月 1 日より共用試験合格が医師国家試験の受験資格要件なります。
「医学教育モデル・コア・カリキュラム」は、どのような医師を養成するのかという基本原則を示す重要な指針です。 2001 年に第 1 版が策定されたのち、2007 年(第 2 版)、2011 年(第 3 版)、2016 年(第 4 版)と改訂が行われました。この中にアルコール・アディクションに関わる項目はどれくらい含まれているでしょう。「医学教育モデル・コア・カリキュラム第 4 版」は 7 つの章からなります。その中に、49 の大項目、244 の中項目、1661 の小項目があります。その中でアルコール・アディクションに関わる主なものは次の通りです。
「B-1-5)⑤ 喫煙(状況、有害性、受動喫煙防止、禁煙支援)、飲酒(状況、有害性、アルコール依存症からの回復支援)を説明できる。」
「D-7-4)-(5) ⑥ アルコール性肝障害を概説できる。⑦薬物性肝障害を概説できる。」
「D-7-4)-(6) ① 急性膵炎(アルコール性、胆石性、特発性)の病態生理、症候、診断と治療を説明できる。②慢性膵炎(アルコール性、特発性)の病態生理、症候、診断、合併症と治療を説明できる。」
「D-15-3)③ 薬物使用に関連する精神障害やアルコール、ギャンブル等への依存症の病態と症候を説明できる。」
「E-5-3)-(1)⑤ アルコール、覚醒剤・麻薬・大麻などの乱用薬物による中毒を説明できる。」「F-2-8)①薬物(オピオイドを含む)の蓄積、耐性、タキフィラキシー、依存、習慣性や嗜癖を説明できる。」
さらに「G 臨床実習」の項目においても様々な症候の臨床推論の中にアルコール依存症や薬物依存症を鑑別疾患として提示をしております。このように多くの項目でアルコールや薬物、依存に関わる内容が網羅されています。一方で行動に関わるアディクションは限定的です。同様の「モデル・コア・カリキュラム」は歯学教育、薬学教育、看護教育でも策定されており、それぞれに項目が異なっています。
現在、医学教育モデル・コア・カリキュラム第 5 版の改訂の準備が進められており、2022 年中にパブリックコメントが行われ、2024 年度入学生より第 5 版が適応される予定となっています。その中に、どのような形でアルコール・アディクションに関わる項目が含まれるかを注視し意見を述べていく必要があるかもしれません。
参考資料:
医学教育モデル・コア・カリキュラム 平成 28 年度改訂版
(モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員
会、モデル・コア・カリキュラム改訂に関する専門研究委員
会)
2. 2021年度学術総会を終えて(廣中 直行)
(東京都医学総合研究所 依存性物質プロジェクト 客員研究員)
第 56 回日本アルコール・アディクション医学会2021 年12 月 17 日から 19 日まで実質 2日半の会期で、第 43 回日本アルコール関連問題学会との共同開で、三重県津市の三重県総合文化センターとオンラインを併用する一部ハイブリッド方式で開催させていただきました。
このたびの学術総会は、刻々と変わる COVID-19 の状況を見ながら開催形態を組み直す作業が続き、プログラムの編成、や抄録集の編集などにおきまして、ご参加の皆様にご不快とご迷惑をおかけする事態が発生してしまいました。また、現地もオンラインも可能なかぎり充実させようと試みたために想定外の経費が必要になり、運営面では大きな課題を残す結果となりました。まずもって会長として会員の皆様にお詫び申し上げます。問題点はしっかり記録に残し、今後のより良い学術総会運営に役立てていただくべく努力いたします。
このような不備があったものの、ご参加いただいた皆様、シンポジウムや一般演題、教育講演などにご登壇いただいた皆様のお力を得て、学術的にはたいへん充実した学術総会にすることができたと考えており、あらためて厚く御礼申し上げる次第です。本来ならばいちいちお礼状を差し上げるべきところですが、誌上を借りた御礼になりますことをご諒解いただけますようお願い申し上げます。
学術総会の準備と開催にあたって私が注力しましたのは、まず、精神医学、薬理学、内科学、法医学、公衆衛生学など、当学会を構成する多彩な分野の最新知見を学べるように工夫すること、それから、当学会の各種委員会の活動を披瀝できる機会を作ること、および、若手の方々の研究・臨床実践を推進することの 3 点でした。
実に欲張りではありますが、当学会の総力を余すところなくアピールしたいと考えた次第です。また、少し贅沢すぎるかも知れないと思いつつも、池田和隆先生のご助力を得て、特別講演にNIAAA の Gorge F. Koob 先生と Scripps 研究所のBarbara Mason 先生をお招きすることができました。 その成果のほどについては今後の評価を仰がなければなりませんが、私の瞥見するところ、今回のプログラムには主に3 つの特徴が見られたと思います。その第 1 は、どの専門領域とも言い難い学際的・境界横断的な多くの企画やご発表が増えたことです。第 2に、基礎と臨床の垣根を越える多数の企画やご演題をいただいたことです。第 3 に、多くの演題において、たとえ基礎科学的なものでも、アディクションの「当事者目線」を見据えたものが多かったことです。
これらは、もちろん私の力ではないのですが、本当に「最新医学を共有した連携の発展:基礎・臨床・多職種・多機関・そして地域から世界へ」という、何が何だかわからない、関係のありそうなキーワードをとりあえず全部ぶち込んだような合同学術総会のスローガンを念頭に置いて皆様にご参加いただいた結果だと思い、あらためて感謝の念を強くいたします。
そのように自画自賛ばかりもしておられないので、学術的な内容に関して今後の課題として残ったと私が考える点を申し上げれば、それも 3 点あります。
第 1 に、アディクション領域の最新知見は分子薬理学的にも神経科学的にも、はたまた臨床諸領域においても、進歩が著しいだけに、専門ではない方々にとっては難しいものになって参りましたので、教育的な企画をさらに充実させることです。
第 2 は、共同開催を続ける限り、日本アルコール関連問題学会との意思疎通を十分に図ることです。今回、関連問題学会会長の猪野亜朗先生とは緊密な連絡を取り合って参りましたが、それでもなおかつお互いの目指すところには乖離があり、それをもっと弁証法的に昇華させた企画を充実させるべきだったと思います。
第 3 は、リアルタイムで現実に生じている問題との接点を積極的に探ることです。今回に関してはCOVID-19 がまさにそのテーマだったと思われます。国際委員会におかれては、COVID-19 がアジア各国のアディクション状況に及ぼす影響というタイムリーな企画を立案いただきましたが、実はこのような時事的な問題に取り組む姿勢をもっと鮮明にすると、学術総会への一般社会の認知度もアップし、ひいては当学会の発展にとってポジティブな影響が期待できると思います。
このようなわけで、反省・自負、まさに悲喜こもごもの学術総会でしたが、会長を担当させていただいた身としては、これからの、より一層の、望ましい学術総会の姿を思い描いていただくための捨て石の役割を果たすことができましたならば、これ以上光栄なことはないと存じております。再度御礼申し上げますとともに、2022 年度以降の学術総会の成功に向けて、私にできることは何でもいたす所存でおります。
3. 2022年度学術総会のご案内(白石 光一)
(東海大学医学部付属東京病院 消化器内科)
2022 年 9 月 8(木)午後から 10 日(土)終日まで仙台国際センターにおいて第 57 回アルコール・アディクション医学会を開催いたします。第 44 回アルコール関連問題学会(会長:東北会病院 石川 達先生)と合同学術集会となり多くの方の参加を期待しています。開催形式は、発表は原則現地で行いますが多くの方が参加できるようにオンライン参加も準備いたします。また、オンデマンドによる聞きたくても聞けなかったシンポジウムなどを後からでも聞けるように準備を進めています。新型コロナウイルス感染症の蔓延状況で開催方法にある程度の変更があるかもしれません。随時ホームページに掲載いたします。
日本アルコール・アディクション医学会として、特別講演は、防衛医科大学感染症・呼吸器内科の川名明彦先生から感染症について新型コロナウイルスだけではなく広くご講演いただきます。私たちは 2 年以上続けて同じ感染症を身近に感じたことはこれまでにありませんでしたが、麻薬問題などでは感染症が大きな問題になっています。是非とも感染症の知識を深めていただきたいと思い企画いたしました。
教育講演を臓器障害中心に順天堂大学消化器内科の池嶋健一先生から肝疾患を、東北大学医学部消化器内科の正宗淳先生から膵疾患、久里浜医療センターの松下幸生先生からギャンブル障害を企画しています。
シンポジウムにおいては両学会合わせて 30 題以上のエントリーがあり現在演者、日程調整を行っているところです。
会期中活発な発表がされると確信しています。両学会共同企画では「絶望から希望へ:ダルクの経験と知恵に学ぶ~その2~ 当事者が示す回復の羅針盤」が企画されました。多岐に渡った本学会らしいテーマが目白押しとなっています。詳しくは 5 月にはホームページ上に掲載いたします。
一般演題、ポスターセッションも企画しています。ハイブリット開催になるため発表形式も現在検討しています。優秀演題賞、若手奨励賞と座長推薦によるアルコール・薬物医学会雑誌推薦もありますので奮ってお申し込みください。
日々の診療、業務で大変な日々を過ごされていると思いますが、テーマ「今、求められるアルコール・アディクション医療と科学」を旗印として総会に向けて進んでいきましょう。杜の都仙台へ!
4. 柳田知司賞を受賞して (新田 淳美)
(富山大学学術研究部薬学・和漢系 薬物治療学研究室)
この度は、薬物依存研究の世界的権威である柳田知司先生のお名前を冠した、栄えある賞をいただき、身に余る光栄と存じます。選考委員の先生方はじめ、ご推薦くださいました名城大学・野田幸裕教授、受賞講演の司会をしてくださいました名古屋大学・山田清文教授に、心より感謝申し上げます。
また、アディクション研究に従事をするきっかけをお与えくださり、ご指導をいただきました鍋島俊隆先生(現 藤田医科大学)、山田清文先生(名古屋大学)、助教時代に分子生物学的な実験について、御指導をいただいた岐阜薬科大学・古川昭栄教授、古川美子教授、名古屋大学で一緒に実験をしてくれた学生の皆さん、また、2009 年に富山大学・薬学部で独立した後は、何もない研究室から実験系や色々なことを立ち上げ、研究を軌道に乗せてくれた宮本喜明教授(現 城西大学)、宇野恭介講師(現 摂南大学)、泉尾直孝助教、浅野昂志助教、一緒に苦労をしてくれた学生の皆様のおかげです。
また、より一層の強い集中と選択の時代を迎え、地方大学の研究活動が停滞しがちな中で、私が自由にのびのび研究する環境を与えてくださった富山大学・薬学部の先生方にも感謝致します。
日本アルコール・アディクション医学会の前身となったニコチンフォーラムでは、柳田先生には、大変、お世話になりました。柳田先生と、当時、私の上司だった鍋島先生とで、京都で依存関係の国際学会を開催されたことは、とても、強く、印象に残っております。学問的な内容の深さや広さは、もちろんですが、特に懇親会で、多くの舞妓さんが来られ、先生方の造詣深さも印象に残っておりました。このような花もある研究者が令和の時代には、難しくなってきましたが、今回、柳田賞をいただいたことで、私も、せめて、学問領域では、花弁一枚でも感じてもらえる研究者に成熟していきたいとの思いを強くしています。
私は、学部生・大学院生・助手・准教授・教授と、それぞれの立場で行動薬理学と分子生物学の研究に従事していまいりましたが、特に名古屋大学病院の准教授となった時に、アディクション研究を本格的に開始しました。上司の鍋島俊隆教授が文部科学省科学技術振興調整費目標達成型脳科学研究「依存性薬物により誘発された精神障害の機構の解明の研究」のプロジェクトを主宰されていたこともあります。また、本プロジェクトの班員やそれぞれの研究室構成員の方々と親しくなり、プロジェクト終了後、今でも共同研究等を継続しています。日本におけるアディクション研究者、とりわけ基礎研究の従事者は、決して多くありません。日本アルコール・アディクション医学会での交流に加え、色々なことをご指導いただき、論文には明記されないようなことを尋ね合ったりできる、ヒューマンネットワークに参加できたことは、私にとって、とても幸運でした。50 歳を越えた今、若い世代の方が、このようなネットワークに入ってくださることで、新規の研究技術を知ることができ、また、アディクション患者に実際に対応されている臨床医の意見を拝聴することは、研究を進めるのに、欠かせないことであると、改めて、感じております。
具体的な研究内容としては、神経栄養因子の産生誘導物質が覚醒剤や麻薬の嗜好性を抑制することを見出しました。覚醒剤依存の形成に重要と考えられる 4 つの分子をクローニングし、生理活性を解明しました。その後の研究の発展で、非常に、興味深いことは、薬物依存に関係する化合物や分子は、うつ病、不安症、統合失調症、認知症など、他の疾患にも関連していることが分かったことです。アディクションは、“個人の責任”とのお考えで、他の研究をすべき、と、思う一般の方がいらっしゃるかもしれません。しかしながら、アディクション関連遺伝子群や化合物として見出したものが、精神・神経疾患の病因にも強く関連していることが分かってきつつあります。私たちの研究成果を世界中の方に力強く発信し、依存症や精神・神経疾患で苦しんでいる患者さんを救う医薬品や診断に繋げることが、ミッションと考えています。今回の受賞を機会に、さらに、精進致す所存でございます。
今後の私の夢は、基礎研究者として、益々、新しい知見を得て、アディクションで苦しむ方を 1 人でも減らすこと、また、大学所属の研究者として、アディクション関連の研究者を輩出していくことです。
今後とも、日本アルコール・アディクション医学会の先生方には、ご指導・ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致します。
5. 第 56 回学術総会優秀発表賞を受賞して (永浦 拡、姫宮 彩子、新井 清美、二井谷 和平、浦重 勇介、久松 隆史)
(神戸医療未来大学人間社会学部)
この度は、第 56 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会において優秀演題賞を賜り、大変光栄に存じます。
私は「コロナ禍における大学生のゲーム依存傾向と関連要因」と題し、本邦初の緊急事態宣言が発出された2020 年 5 月以降の大学生のゲーム依存傾向の変化について、また依存傾向とメンタルヘルスや生活習慣との関連について報告いたしました。近畿地方の大学生・大学院生約 700 名~1000 名を対象に 4 回にわたり実施した調査を行い、ゲーム障害を判定する尺度(IGDS-J)の合計点が、2021 年 5 月時点(ICD-11 のゲーム障害の診断基準にある「1 年」が経過)で、前年の 5 月と比較し有意に高いという結果が得られました。また、コロナ禍における IGDS-J 合計点に寄与する要因として、昼夜逆転およびメンタルヘルスの悪化が正の影響を、運動習慣が負の影響を及ぼしていることが確認されました。大学では、コロナ禍における授業形態のリモート化や外出自粛要請などの影響から、インターネットの活用がこれまで以上に広がりを見せています。私どもの他の研究では、コロナ禍において大学生の約 40%が、ゲーム習慣が増えたと回答をしていました。現在は、大学生以上にオンラインゲームが普及している児童生徒を対象とした調査と関連要因の検討を行っており、これらの結果をもとに、教育領域におけるゲーム障害の予防に寄与できるような成果報告ができればと考えております。
最後になりましたが、研究の計画および実施にあたりさまざまな支援をいただきました兵庫教育大学大学院学校教育研究科、大阪人間科学大学大学院心理学研究科、神戸医療未来大学の先生方および学生のみなさま、また調査にご協力いただきました学生のみなさまに、この場をお借りして心より感謝を申し上げます。
(山口大学大学院医学系研究科 法医学講座)
アディクション医学会学術総会におきまして、優秀演題賞を賜り、大変光栄に存じます。会長の廣中直行先生、座長の竹井謙之先生、石黒浩毅先生をはじめ、関係の諸先生方に心より御礼申し上げます。
本演題では、ALDH2 遺伝子型と口腔内アセトアルデヒド産生、口腔常在菌叢との関連について検討した結果を報告いたしました。本研究は着手から本会での発表まで足かけ 4 年ほど経過しており、その間に産休・育休で休職したり、研究費の獲得ができなかったりなどの空白期間がありました。今年度に何とか発表にこぎつけたいと思い、まとめたため、本受賞に驚きと共に大きな喜びを感じております。
ALDH2*2 保有者は、飲酒後のエタノールおよびアセトアルデヒドの暴露に起因する上部消化器がん発症のリスクが高いことが知られていますが、一部の口腔常在菌がアセトアルデヒドの産生能をもち、上部消化器がんとの関連が指摘されていることにも ALDH2 遺伝子型が何らかの関与をするのではないのか、と注目しておりました。本検討では高校生を対象に検体を採取して各検討を行いましたが、in vitro の先行研究から考えていた仮説とは少し異なる結果が得られ、一個体の複雑性を改めて感じさせられました。
私は大学の法医学講座に所属し、医学部生の教育や法医鑑定実務を行いながら、アルコール医学の研究を行っております。これからも基礎・臨床・疫学と多様な視点からアルコール関連問題の低減・解決に寄与できるような研究を継続できるよう努めていく所存です。
最後になりましたが、本研究のご指導をいただき、現在も法医学・アルコール医学について多くのご示唆をいただいている山口大学名誉教授藤宮龍也先生をはじめ、日々の業務においてお世話になっている講座の皆さま、そして研究にご協力いただきました各高校校長様ならびに高校生の皆さまに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
(信州大学学術研究院保健学系)
この度は、第 56 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会において優秀演題賞(ポスター:臨床部門)を賜り、大変光栄に存じます。今回発表させていただいた「アディクションを重複する発達障害者への支援ツールの開発」は 2018年より日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)で取り組んでいるテーマで、本年度が 4 年目になります。この間、医療機関や福祉施設で活躍されている支援者の皆様と、当事者の皆様よりインタビューにご協力いただきました。この中から、支援者は当事者の支援を行う上で「多角的な視点を持つ」「視覚的に関わる」「調整の仕方を手伝う」といった工夫をしている一方で、「診断が難しい」「統一した判断が難しい」「スタッフが苦手意識を持つ」等の難しさを抱えていることが示されました。また、当事者は自らの特徴を「言葉だけでは理解が難しい」「専門的なことでは伝わらない」「先に進めなくなる」等と捉えていることも明らかとなりました。この様な支援上の難しさを緩和し、当事者の特徴を踏まえた支援者・当事者双方にとって無理のない支援を実現することができればという思いから、アディクションに携わる医療者と発達障害者の就労支援に携わるスタッフとで専門的知見を出し合い、具体策を提案したのが今回発表させていただいたアセスメントツールとなります。本ツールはまだまだ発展途上にありますので、改良を重ねて当事者の支援を行う上で有用なツールに発展させていければと考えております。
最後になりましたが、本研究にともに取り組んでくださっている筑波大学 森田展彰先生、慈圭病院 田中増郎先生、発達障害者への支援で専門的知見をくださった株式会社Kaien のスタッフの皆様、そして研究にご協力いただいた対象者の皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げます。
(金沢大学医薬保健研究域 薬学系薬理学研究室)
この度は、第 56 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会において優秀演題賞を賜り、大変光栄に存じます。
私は現在、博士前期課程 2 年で、学部 4 年生から行動嗜癖の研究を行ってまいりました。行動嗜癖の研究は、臨床においては重要な知見が得られているものの、齧歯類での基礎研究は遅れており病態・分子メカニズムには不明な点が多く残されています。基礎研究が遅れている主な原因として行動嗜癖の適切な動物モデルが存在しないことが挙げられます。そこで私たちの研究室では、マウスがランニングホイールを執拗に回転させる運動に着目し、これを行動嗜癖のモデルとして利用できるのではないかと考え、行動嗜癖の特徴である、特定の行動に対する強力なモチベーションに関与する神経メカニズムの解明を試みています。臨床研究では、行動嗜癖には脳内報酬系を構成する神経核の一つである側坐核の関与が示唆されています。これらの知見と一致して、今回の私の研究では、マウスのランニングホイール回転運動に対するモチベーションにも側坐核が関与すること、また、セロトニン神経伝達が重要な役割を果たすことを示唆する研究結果を得ることが出来ました。今後の展望として、行動嗜癖の病態メカニズムを、側坐核を含む神経回路レベルで明らかにしていくことを目指します。最後になりましたが、いつも親切・丁寧にご指導くださる金田勝幸教授、出山諭司准教授、並びに西谷直也助教と、研究内容で悩んだときに気兼ねなくディスカッションに付き合ってくれた研究室のメンバーに、この場をお借りして深く御礼申し上げます。
(広島工業大学生命学部 食品生命科学科)
この度は、第 56 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会にて若手奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。
私は今回、「アルコールと嗅球神経伝達物質放出について」の報告を致しました。この研究ではWistar 系雄ラットにアルコール(2g/kg)の腹腔内投与を行い、脳微小透析法によりアミノ酸及びモノアミンの放出変動を測定しました。投与後の結果ではタウリン及びグリシンの放出増加が確認され、アルコール投与による嗅球アミノ酸の関与を認めました。
私が現在所属している広島工業大学の生命機能工学専攻では、食や飲酒行動形成について神経科学的研究を行うなど、生命機能への理解を深めそれらを工学的に活用するための研究を行っております。その中で現在私は嗅球について研究をしていることから、嗅覚についての知見を深めています。アルコール依存症において脳報酬系に関する研究は多くあります。アルコールを欲する要因として匂いは重要であることから、嗅覚系の領域に着目しており、今回の研究がアルコール依存の形成と食行動の機序解明の一助になればと思っております。これからも研究を深め、日々精進して参ります。
最後になりますが、日々ご指導を頂いている広島工業大学吉本寛司教授、研究にご助力いただいた広島大学大学院医系科学研究科法医学教室の先生方にこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
(岡山大学学術研究院医歯薬学域 公衆衛生学分野)
この度は、第 56 回日本アルコール・アディクション医学会学術総会において若手奨励賞(ポスター部門)を賜り、大変光栄に存じます。
本学術総会では、メンデルランダム化分析に基づいた飲酒と冠動脈石灰化(CAC)・冠動脈疾患(CHD)発症との関連について報告いたしました。観察研究から、軽・中等度飲酒は、非飲酒と比較して、CHD 発症リスクの低下と関連する一方、飲酒と潜在性冠動脈硬化指標である CAC との関連は十分に解明されていません。そこで、飲酒量とCAC・CHD 発症との因果関係を検討するため、アルコール代謝系の主要酵素であるアルデヒド脱水素酵素遺伝子 (ALDH2) の一塩基多型 (rs671) を用いたメンデルランダム化分析に基づいて、1) CAC を従属変数としたコホート研究、および 2) CHD 患者を症例群とした症例対照研究、を実施しました。その結果、飲酒量は、CAC と正の関連を示す一方、CHD 発症とは負の関連を示すことが示唆されました。この逆説的な研究成果は、飲酒と冠動脈疾患との関連のメカニズムの解明に寄与する可能性があります。
私は、地域に根差した複数のコホート研究(滋賀県草津市・島根県益田市・岡山県新見市など)の立ち上げ・運営に継続して携わり、妥当性の高い標準化された調査に基づく偏りのないデータから、アルコール、喫煙、高血圧などの危険因子と循環器疾患の予防に関する質の高いエビデンスの創出に努めてきました。地域におけるコホート研究は、研究のみならず、公衆衛生活動を通じた社会貢献、そして社会医学フィールド実習や研究者育成など教育、の場となります。これらコホート研究を通じて、これからも、研究、社会貢献、そして人材育成に一層精進して参ります。
最後になりましたが、大学院時代から現在に至るまで継続して温かいご指導を賜っております、岡山大学神田秀幸先生、滋賀医科大学三浦克之先生・上島弘嗣先生、慶應義塾大学岡村智教先生をはじめとする非常に多くの先生方、スタッフの皆様、研究参加者の皆様、に心より御礼申し上げます。
6. 優秀論文賞を受賞して (森田 展彰)
(筑波大学医学医療系)
筆頭著者として、本論文について評価いただきとてもありがたく思うとともに、親子関係の問題とアディクションの問題の支援の間の連携について、本論を読んでいただいた多くの人にあらためて関心をもち、具体的な取り組みが進めていただければと思っています。私氏自身は精神科医になって間もなく依存症の専門病棟の担当になったことを契機に、アディクションの治療に長く取り組んできましたが、それとは別に児童養護施設の施設長の方から声をかけていただき施設の子どもや親への心理的支援を始めて、その後児童相談所などの児童福祉の仕事に関わってきました。この 2 つの領域は、AC 概念などもあり心理学的な意味での関連が強いとはわかっていましたが、実際的な臨床としてはやや異なる現場という感覚でした。しかし、経験を重ねるうちに思っていた以上にこれらの両面の問題を有する事例が多く、これに対して支援機関の連携がもっと必要と感じるようになっていきました。
例えば、自分が関わっている児童養護施設に保護されている児童の親や親族にアディクションが関わっている事例は 3 割近くいましたが、アディクションの支援機関につながっている事例は少ない状況でした。また逆に、ある精神科クリニックのカルテ調査でアディクションのある女性事例で子どもがいる場合の養育状況やその支援状況を見てみると、そのうちの多くの事例で養育困難や虐待が疑われる状況でしたが、子育て支援や児童福祉と連携できていた事例は非常に限られていました。そこで近年この 2 つの領域をつなぐ研究を行い、それをアディクション関係の学会と子ども虐待関係の学会の両方で発表してきました。そうした流れの中で本論文を書くことになりました。この研究では、全国児童相談所長会による全国の児童相談所通告事例の研究データの 2 次分析をさせていただく機会を得て、全国で 2 か月間に児童相談所に通告された虐待事例 7418 件のうちアルコールや薬物の問題が確認された虐待者がいた事例が 6%であることを確認できました。この数字は、海外では虐待事例の 1/3 から 2/3 という報告と比べてかなり低く、スクリーニングなどの十分な評価がされていない可能性が示されました。その一方で、こうしたアルコール薬物依存症のある虐待事例では、それがない虐待事例と比較して、重度の虐待、子どもの症状、社会経済的な問題が多いことが確認される結果となりました。この結果は、単にアディクションのある養育者の問題が悲劇的であるとだけ解釈するのは間違っていると思います。虐待事例の中には子どもへの加害的な心性をもつ親の事例もまれでなくその対応・再発防止は極めて困難ですが、それに比べればアディクションが関係している事例では、アディクションの支援を行うことで予防や改善ができる可能性があるといえます。児童相談所などで臨床をさせていただいていると、児童福祉の分野では、アディクションに対する支援の手法やシステム(例えば、SBIRT、自助グループや CBT など)について知られていないという印象を受けます。逆にアディクション領域で虐待のリスク評価や予防などを十分行っているといえないと思います。両領域が互いの支援手法を知り、連携することが進めば、救われる事例は確実に増えると思います。本論文などを一つの根拠にして、そうした連携の動きが進んでいってくれればと思っています。
7. 施設紹介 (埼玉県立精神医療センター 成瀬 暢也)
(地方独立行政法人埼玉県立病院機構 埼玉県立精神医療センター)
当センターは、平成 2 年に埼玉県立精神保健総合センターとして開設されました。平成 14 年に組織改編により埼玉県立精神医療センターと埼玉県立精神保健福祉センターに分かれ、精神医療センターは、令和 3 年 4 月から独法化されました。
救急病棟 50 床、急性期病棟 30 床、児童思春期病棟 30 床、医療観察法病棟 33 床、依存症病棟 40 床の 183 床の精神科単科病院です。多職種チームによる医療を提供しています。埼玉県とさいたま市の依存症拠点医療機関です。
当センターは遅れてできた県立の精神科病院でしたので、民間で対応の難しい領域を補う役割を任されました。当時、県内には依存症専門病棟がなく(現在も当センターのみ)、アルコール・薬物関連の患者さんを一手に引き受ける病棟として、40 床の閉鎖病棟でスタートしました。当初はアルコール依存症を対象に、3 か月間の ARP を行うことが中心でしたが、まもなく薬物依存症の患者さんも加わり、最近はギャンブル障害の患者さんも加わっています。
病棟は閉鎖病棟ですが、8~9 割は任意入院です。途中、スーパー救急病棟ができてからは、精神病状態などで非自発的入院となった後に依存症病棟に移るという機能分担をするようになりました。8 週間の入院治療プログラムがありますが、解毒、動機づけ、施設入所、メンテナンスなど、個別の目的に合わせた対応を行っています。
当センターの特徴は、アルコール患者、薬物患者を同じ依存症として対応してきたことです。特に薬物関連の通院患者数は多く、約 400 名の方が通院しています。外来は「ようこそ外来」と銘打って、外来スタッフ全員で依存症患者さんを快く迎えることを心掛けています。覚せい剤などの薬物使用は、正直に話してもらえることを大切にしていますので、通報しない保証をして治療に入ります。治療の継続を重視して柔軟に対応しています。現在、非常勤を含めて 5 名体制で依存症外来を行っています。
外来のプログラムとして、外来ミーティング、LIFE プログラム、ギャンブルプログラムなどがあります。LIFE は平成 20年に開始しています。当時、SMARPP が始められた時期に研究班に入れてもらい、ワークブックなどのツールを多数作成し利用してきました。LIFE では、通院だけではうまくいかない薬物の患者さんを対象に、週 1 回のグループワークを行っています。スタッフはアルコールや薬物をやめることを強要せず、飲酒・薬物使用を責めません。安心して正直な思いを話せる自助グループ的な「居場所」の機能を大切にしています。ただし、コロナ禍により、自助グループ同様、これらのプログラムが思うように開けないことが課題となっています。
外来機能が整ってきたことにより入院患者数は多いのですが、入院期間が短期になりがちで病床利用率が低下していることが現在の問題です。その対策として、まだまだ埋もれている依存症患者さんを治療につなぐために、かかりつけ医や産業医、消化器内科医などとの地域連携の強化に力を入れたいと考えています。
8. 研究室紹介(筑波大学附属病院総合診療グループ 吉本 尚)
吉本 尚 (筑波大学 健幸ライフスタイル開発研究センター長)
当研究室は、大学病院の診療部門である総合診療科、大学の教育研究講座である地域医療教育学/地域総合診療医学に分かれており、大学や地域医療機関で総合診療を実践するとともに、全人的医療を実践できる医療者の養成や、臨床・教育領域の研究に精力的に取り組んでいる。具体的には、年齢・性別を問わず、地域で暮らす総ての人々の、医療のみならず、予防や福祉も含めた総ての課題に対して、保健・医療・福祉職、行政職など関係する総ての専門職、周囲の方々と連携して、健やかで豊かな暮らしが送れるよう、総力を挙げて取り組める「ひとびとの健康を支えるオールラウンダー」の育成を実現させる取り組みを行っている。フォーカスする領域が広いため、所属する教員研究者や院生の職種も医師、看護師、薬剤師、理学療法士、社会福祉士など多彩である。
本会に関連する研究教育実践内容としてヘルスプロモーション、アルコール多飲の誘発する因子や身体精神疾患との関連、生活習慣病等に関する行動変容、多職種連携教育および実践等がある。
地域医療実践におけるポピュレーションアプローチとして、国・都道府県・市町村などの政策のあり方や個々人のヘルスリテラシーやセルフケア能力向上手法、患者会や自助グループを含めた社会的処方などの有用性を検討している。ハイリスクアプローチとしてタバコは禁煙外来を、アルコールはアルコール低減外来を設置し、乱用、有害な使用や依存症に対するアプローチおよび効果検証を行っている。こういった取り組みは、国連の SDGs の取り組みの一つでもある、アルコール依存症等のトリートメントギャップ改善につながるものとして注目されている。また、アルコール多飲の誘発する因子や身体精神疾患との関連については、ビンジ飲酒や飲み放題における飲酒量、依存症に至らない方の外傷やうつ病等との関連に関する研究を行っている。特にビンジ飲酒や一次的多量飲酒のような急性の問題はあまり注意が払われてこなかったこともあり、当研究室の特徴の一つになっている。
生活習慣病に関する行動変容は、世界保健機関の非感染性疾患の取り組みと関連しており、また多職種連携に関しても、日本の保健・医療・福祉の専門職育成目標を当研究室が中心になってまとめてきた(世界で 5 カ国目)。こういった取り組みもアルコールやアディクション領域での早期発見・治療、連携の向上につながると思われる。
2022 年 4 月に筑波大学では、アルコール摂取を含むライフスタイル全体に対する研究組織として健幸ライフスタイル開発研究センターが立ち上がり、私が初代センター長となる。
今後も永遠に続くであろう「ヒトとアルコールの適切な付き合い方」に対して一石を投じられるような基礎・臨床・政策研究の拠点となれるよう、今後活動を展開していきたい。
9.編集後記 (池嶋 健一)
(順天堂大学大学院医学研究科教授 順天堂大学医学部 消化器内科学講座チェアパーソン)
新型コロナウイルス感染症(COVID19)の流行が始まって早3 年目に突入している。第 1・2 波の当初ほどの恐怖感はないものの、社会生活に及ぼす影響は未だ計り知れず、私たちの学会活動も大きく制約を受けている。昨年 12 月の第 56 回学術総会はそんな厳しい中、2 度目のWeb 開催となった。廣中直行会長はじめ関係各位のご尽力には心より感謝したい。柳田知司賞を受賞された新田淳美先生や優秀演題賞を受賞された諸先生方の学術的貢献にも謝意を表したい。2022 年度の第 57回学術総会は白石光一会長のもと、第 44 回アルコール関連問題学会との合同開催として、9 月 8~10 日に仙台での現地開催が予定されている。この夏にはCOVID19 の第 7 波が到来すると囁かれているが、9 月には下火になって仙台で一同に会することが出来るのを祈念している。
COVID19 問題のみならず、昨今のウクライナ情勢など、国際的にも厳しい情勢が続いているが、国際アルコール医学生物学会議(ISBRA)は昨年の Web 開催に続き、2022 年 9 月にはポーランドのクラクフでの開催が予定されている。ポーランドはウクライナと国境も接しており、多くの難民も受け入れているが、今のところハイブリッド開催を模索中である。ISBRA開催時には、JMSAAS と ESBRA のジョイント・シンポジウムも企画しており、困難な中での国際交流が模索されているところである。アジア太平洋アルコールアディクション学会(APSAAR)も、2023 年 5 月に順延にはなっているものの、インドネシア(バリ)での開催が決定された。
JMSAAS の理事は今年の半数改選に伴い、秋からは新体制が発足する見込みである。国内外のこの難局をどのように切り抜けていくか、課せられた課題は大きい。パンデミックや国際情勢、物価高騰など、不安定な社会状況はアルコール関連問題やアディクションに関わる問題にも大きく影を落としている。私たちの JMSAAS の活動は、学際的に学問を追求することのみならず、国際交流や社会貢献など、極めて重要な事柄を多く含んでいる。今後、本会の活動のサステナビリティを真剣に考え、益々発展させていくことが求められている。