4-1号 (2019年7月)

1.ゲーム障害が正式に ICD-11 に収載

樋口 進
(独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター)

今年 5 月下旬に行われた世界保健総会で、ICD-11 の草案が採択されました。この中にゲーム障害(gaming disorder)の定義が収載されており、この障害が正式に ICD-11 の仲間入りを果たしました。

しかし、この収載プロセスは順風満帆ではありませんでした。当初の ICD-11 草稿には、インターネット(以後、ネットと略す)依存・ゲーム障害は入っていませんでした。我々は、2011 年か らネット依存専門診療をわが国に先駆けて開設しました。そこを訪れる患者の多くは若者で、全体の 90%以上は主にオンラインゲームに依存しています。ゲーム障害の健康・社会生活などへの影響は大きく、遅刻、欠席、成績低下、親への暴言・暴力、昼夜逆転、引きこもりなどが多くの患者に見られます。何より大きな問題なのは、この障害が若者の将来に深刻な悪影響をもたらすことです。このような状況を目の当たりにして、ICD-11 への病名の収載は必須だと確信しました。

そこで、我々は WHO と緊密に協力し、2014 年にまず東京で WHO 会議を開催しました。その後、このプロジェクトに賛同する専門家が増え、ゲーム障害・ギャンブル障害の疾患概念の作成、予防対策の検討、診断ガイドラインやスクリーニングテストの作成等とプロジェクトが前へ進んでいます。

しかし、2016 年 12 月に、このゲーム障害収載について米国の CNN が報道して以来、事態が急変しました。世界のゲーム業界がこの件に気付いたのです。

その後、様々な方法を使って、業界がこのゲーム障害収載の阻止に動いています。その一つが、政府に対する強力な働きか けです。

今年 1 月に行われた WHO の執行理事会で、理事国の一つである米国が明確に収載に反対を表明しました。この事態は予想されていたので、私が中心になり、世界の約 80 の学会から収載支持の手紙をいただき、理事会の前に事務局長に送りました。日本からは本学会、日本アルコール関連問題学会、日本精神神経学会、日本小児科学会などからの賛同を得ています。

その後、様々な駆け引きがあったと推察されますが、上記世界保健総会では、米国が不承不承賛成に回り、ゲーム障害は無事 ICD-11 に入りました。有難いことに、日本政府が唯一明確な支持を表明してくれました。

かくして、ゲーム障害・ギャンブル障害が新たに依存に分類されました。しかし、これはあくまでもスタート地点であって、今後、本格的な予防や治療対策が実施される必要があります。本学会にも是非、ご協力いただきたいと思います。


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2. 2019 年度学術総会のご案内

第54 回日本アルコール・アディクション医学会
会長 白坂知信
(北仁会 石橋病院)

札幌大会のお世話をさせていただく石橋病院の白坂知信です。諸先生方には大変お世話になっております。現在プログラム委員の先生方と協議を重ねている最中でございます。

既にプログラムの概要がホームページ等で一部公表されておりますが、今大会の特徴をご紹介させていただきます。

メインテーマは「時代背景としての依存症とアディクション問題」です。

近年、多様な「依存性問題」を背景とする社会問題、事件、疾病が著しく増加してきています。「ゲーム・スマホ問題」「インターネット問題」は過去にはなかった新しい社会問題と考えます。「犯罪と依存症」関連の事件も多く報道されており、これらがメインテーマの背景にあります。最近まで常識と思っていたことが「依存」というスクリーニングを通じてみると、異なった解釈ができるような問題が多くなってきています。

今回の学会では、多様な社会問題を今までの固定観念にとらわれず、新たな視点で考えることが大切であると思っています。

昨年 9 月に「アルコール・薬物依存症の治療指針」が発表されました。内容的には①治療対象者の拡大②治療方法論の現実的対応③重複障害者への支援の方法④地域ネットワークの重要性⑤ハームリダクションとしての減酒療法と薬物治療等が新たに発表されました。減酒薬も承認され、これらのことはアルコール医療の大変化と言われます。今回はこれらに関するシンポジウムを作り、皆様のご意見を発表できるプログラムになっています。この⑤のハームリダクションに関しては賛否あると存じますが、全国各地で実践されてきたテーマであり、大会でも避けて通れません。

特別講演(1)は米国の Edward Riley 先生をお招きして FASD に関してのお話です。(2)はカナダ在住の南昌廣先生による「ルワンダ民族紛争とトラウマ・解決」です。両方とも大変興味のある演題と思います。また教育講演は 9 本、シンポジウムは 18 本です。「ハームリダクション」「底つき体験は効果的か?」「依存症に対するスティグマ」また、国際シンポジウムや総合病院精神科とのジョイントシンポジウムも行なわれます。このように多くの方々からご提案をいただき、臨床から基礎医学まで広くプログラムを準備させていただきました。

今大会が多くの先生方のお役に立てることを願っておりますので、ぜひ多くのご参加をお待ちしております。

3. ISAM BUSAN 2018 学会印象記

白坂 知彦
(手稲渓仁会病院 精神保健科)

2018 年 11 月 3~6 日、韓国・釜山 BEXCO(Busan EXhibition & COnvention center)にて開催された「The 20th International Society of Addiction Medicine Annual Meeting (ISAM BUSAN 2018) 」に参加する機会を得たのでここに報告する。

本会は国際嗜癖医学会(International Society of Addiction Medicine)の年次総会である。

第 20 回目の開催である今回は Pusan National University の Sung-Gon Kim 教授を大会長として、アルコール・薬物などの物質依存から、近年話題となっているインターネット・ゲーム症や病的賭博などの行動依存まで広くアディクションの問題を重点におき、生物学的な内容から、臨床プログラム、各国の現状と課題まで幅広い分野での興味深い講演が行われた。開催地である韓国・釜山市は大韓民国南東部に位置する韓国第 2 の都市である。対馬海峡に面し、古くから日本と朝鮮半島とを結ぶ交 通の要衝として栄えてきた港湾都市であり日本からの多くの参加者が集まり、大変な賑わいであった。

今回、筆者は札幌医科大学 臨床准教授館農勝先生、韓国カトリック大学 Dai-Jin Kim 先生、米国 UCLA Medical center の Andrew H. Kim 先生、Seoul National University の Jung-Seok Choi 先生らとともに「MULTIDIMENSIONAL APPROACH IN GAME OR SMARTPHONE ADDICTION」と題した国際シンポジウムに参加する 機会を得た。Jung-Seok Choi 先生, Dai-Jin Kim 先生の両座長 による進行のもとゲーム障害、スマートフォンとその合併症に関する様々な側面からの生物学的解析が議論となった。今回、筆者は 「 Clinical Characteristics and Survey of the relationship between Internet Gaming Disorder and cerebral blood flow change」と題した発表を行った。3D-SSP 解析を用いてゲーム障害に伴う特異的な脳血流量の変化部位と不安・抑うつなど精神症状尺度との相関性を探る試みについて発表を行った。他分野の専門家からの広い視野に基づくご示唆をいただき、今後の研究活動、臨床業務の大きな励みとなった。日中の白熱した議論のあと、韓国の若手の先生らと名物の海鮮料理やコリアンバーベキューなどを食し、多くの交流と諸先生からの貴重な学びの機会を得てとても充実した学会となった。今後もさらに同学会への参加者が増えネットワークが強化、発展がなされることを期待する。

次回は 2019 年 11 月 13~16 日、All India Institute of Medical Sciences の Rakesh K Chadda 教授を大会長としてインド・ニューデリにて開催予定である。

4. 賞の募集について

日本アルコール・アディクション医学会では、毎年以下の賞を募集しています。

●柳田知司賞:学会最高賞に位置付けられる賞です。50 歳以下の若手・中堅の研究者を対象に業績審査が行われます。本年は 5 月 31 日に申請を締め切りましたが、申請を希望される方はぜひ来年よろしくお願いいたします。

【過去の受賞者】

第 1 回(2011 年)
高野裕治(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
第 2 回(2012 年)
該当なし
第 3 回(2013 年)
森 友久(星薬科大学 薬品毒性学教室)
第 4 回(2014 年)
池田和隆(東京都医学総合研究所 依存性薬物プロジェクト)
第 5 回(2015 年)
永井 拓(名古屋大学大学院 医学系研究科 医療薬学・付属病院薬剤部)
第 6 回(2016 年)
中村幸志(北海道大学大学院 医学研究科社 会医学講座公衆衛生学分野)
第 7 回(2017 年)
松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部)
第 8 回(2018 年)
溝口博之(名古屋大学 環境医学研究所附属次世代創薬研究センター)
第 9 回(2019 年)
髙橋英彦(東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 精神行動医科学分野)

※上記所属は受賞当時

●CPDD 奨励賞:毎年 CPDD にて発表予定の中から、応募により賞選考委員会にてその内容を審査し贈呈いたします。

●その他若手研究者のための国際学会奨励賞:開催予定の国際学会の中で、当学会所属の若手研究者が研究発表等を行う際に申請できます。対象の国際学会は国際委員会にて選定し、ホームページ等でご案内いたします。奮ってご応募ください。


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5. 施設紹介:神奈川県立精神医療センター

小林桜児
(神奈川県立精神医療センター)

神奈川県立精神医療センターは、公立の精神科病院としては東京、大阪に次いで 3 番目に古い昭和 4 年開設の「芹香(きんこう)院」が前身です。昭和 38 年には、公立病院としては全国で初めて麻薬中毒患者を専門的に治療する神奈川県立の医療施設「せりがや園」が開設されました。

平成 2 年 4 月に二つの県立精神科病院は神奈川県立精神医療センターに組織改編され、同センターの傘下に所属する形で「芹香院」は「芹香病院」に、「せりがや園」は「せりがや病院」に改称されました。同じ年の 9 月、せりがや病院は新築され、アルコール・薬物依存症に対する解毒と教育プログラムを開放病棟で提供する専門病院として、引き続き役割を果たしていくことになりました。平成 18 年には、せりがや病院において覚せい剤依存症患者に対する集団認知行動療法プログラム(SMARPP)が開発され、その後全国に普及するワークブックを用いたグループ療法の先駆けとなりました。平成 26 年 4 月からは、依存症患者の「感情表出」に力点を置いた新たなグループ療法(SCOP)を開発し、効果測定を継続中です。

平成 26 年 12 月、芹香病院とせりがや病院は統合して神奈川県立精神医療センターとなり、新病院本館に双方とも移りました。せりがや病院の機能は新たな神奈川県立精神医療センターの依存症診療科(依存症外来と依存症病棟)に引き継がれることになったのです。統合後はアルコール・薬物依存症のみならず、ギャンブル依存症も外来・入院治療の対象に加えています。

依存症担当医師数と病床数削減に伴い、旧せりがや病院の頃よりは減少したものの、平成 29 年度の段階で、依存症関連の新患数は年間 350 人を超えており、入院患者数も年間 250~300 人 程度で推移しています。また、病院統合後は、特に精神科救急病棟との連携によって、以前の開放病棟だけだった旧せりがや病院時代と比べて、急性期や非同意の解毒入院治療もより一層積極的に引き受けることができるようになりました。

当院依存症診療科の臨床の特徴は、旧せりがや病院設立時から今日に至るまで、一貫してケースワーカー、心理士、そして看護が治療の「主役」であるということです。医師は解毒期を除けば、それら多職種の「コーディネーター」役を果たすことが多く、多職種チーム全体で入院中から積極的に患者を自助グループにつなげることを重視しています。近年では、アルコール・薬物、そしてギャンブル依存症のみならず、それら依存症と併存して治療が困難になりやすい過食症や解離性障害、パーソナリティ障害の患者も幅広く受け入れています。さらに、依存症診療科は依存症研究室と連携して臨床研究も継続的に行っています。特に初診時アンケートに基づく依存症患者の「小児期逆境体験」調査や予後調査などが当院依存症診療科の中心的な研究テーマであり、依存症という複雑な病態の心理社会的側 面に注目して、これからも学会発表や講演などを通して発信し続けて行きます。

6. 研究室紹介:長崎国際大学薬学部 薬物治療学研究室

福森 良・山口 拓
(長崎国際大学薬学部薬物治療学研究室)

当研究室は、平成 18 年の本学薬学部設置と共に薬理学研究室として山本経之先生(現・特任教授/名誉教授)によって開設されました。平成 30 年 3 月に山本先生がご退職され、同年 4 月からは後任である山口の教授就任に伴って研究室名称を“薬物治療学研究室”と変更して新たなスタートを切りました。「薬物治療学」は、薬理学や病態生理学を基盤とした臨床的な学問領域であり、臨床教育に力が注がれる薬学部 6 年制教育において重要な役割を担っています。当研究室では、薬物治療学および薬理学分野の講義や実習を担当するとともに、行動薬理学を基盤として神経精神疾患およびその治療薬に関する”in vivo pharmacology”を推進しています。現在は、山口教授、福森助教の教員 2 名、大学院生 1 名、学部学生 11 名の体制で(写真1)、教育と研究に励んでおります。

当研究室の研究テーマは、“脳の科学”に焦点をあて、神経精神疾患の新規治療薬の開発を目指した研究、また脳内“大麻様物質(エンドカンナビノイド)”の生理学的・病態生理学的役割を明らかにする研究です。そして、これらの研究成果をもとにして精神神経疾患に対する新たな治療薬開発や薬物療法への応用を追究しています。

精神疾患の発症メカニズムには、先天的な遺伝要因や脳機能の発達段階に関わる後天的な環境要因が関与していると考えられています。そこで本研究室では、中枢神経系の発達過程における臨界期(感受性期)という視点から、精神疾患の発症要因との関連性が指摘されている幼児・児童期に受けたストレスによる成長後の脳機能変化(特に行動異常)に着目し、主に行動薬理学的手法を用いて精神疾患の発症に関わる神経科学的基盤の解明を目指しています。また、遺伝要因の関連性があるとされている発達障害の 1 つである注意欠如多動性障害(ADHD)について、ADHD モデルラットである幼若期の雄性脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP/Ezo)を用いて ADHD の発症機序を追究し、新規 ADHD 治療薬を探索しています。さらに、意欲・動因の生起に関係する脳内報酬系を念頭に置き、薬物依存症の動物モデル(薬物自己投与法を使用:写真2)の確立とそれを用いての薬物依存症の再燃・再発機構および薬物依存症の再燃時に伴う精神神経症状の神経科学的基盤の解明も試みています。この研究では、特に脳内カンナビノイドシステムの変容に焦点を当てた神経化学的アプローチも試みています。これらの研究 成果によって、①依存性薬物への渇望の再燃機構が解明され、また依存症治療薬の開発に寄与できるだけでなく、②精神疾患に認められる再燃・再発のメカニズム、さらには認知障害や情動変容のメカニズムを解き明かす新たな糸口が得られることも期待しています。

私大薬学部においては薬剤師養成の教育に多くの比重を置かざるを得ませんが、その中でもこれらの研究テーマの研究成果を突破口として、薬物依存・神経精神疾患研究、そして”in vivo pharmacology”に貢献できるよう、日々精進してまいりますので、今後とも本学会始め多くの先生方からのご指導ご鞭撻、叱咤激励をどうぞ宜しくお願いいたします。


(写真 1)H31 年新春・薬物治療学研究室新年会

(写真 2)オペラント実験装置を用いたラット薬物自己投与実験

7. 『アディクションサイエンス』(朝倉書店)

菅谷 渚
(公立大学法人横浜市立大学医学群健康社会医学ユニット)

DSM-5 からアディクションの扱いが変わり、ICD-11 においてもゲーム障害が追加されたことは皆さまご存知の通りである。このような状況で今求められる書籍が刊行された。

本書の表紙にある名だたる編者の先生方もさることながら、帯に書かれた「手前味噌と言われようとも、現在の日本ではこのテーマで本書以上の水準に達するものを作るのは不可能であると信ずる」という力強いメッセージが目に飛び込んでくれば、関心のある方ならば思わず手に取ってページを開くだろう。そして、内容を見ればそのメッセージが決して誇張ではないことに気付くと思われる。執筆者はいずれもアディクションの研究・臨床の第一線で活躍されている先生方であり、基礎研究、 アディクションの諸問題、治療・回復の取り組みについて様々な角度から幅広く、丁寧に、まとまり良く記述・構成されている。

冒頭から印象的であったのはアディクションの病態理解に大きく寄与する基礎研究の手続きについて複数のセクションで非常に丁寧に解説していることである。アディクションを学び始めた方であってもこれらセクションを読めば基礎研究の論文をスムーズに読み進めることができるのではないだろうか。本書がアディクションの真の理解を促すよう練られたものであることをこのような点からも感じる。

また 300 ページ近くにおよぶ(しかも B5 サイズ)ボリュームの書籍においてユニークであるのが巻末の5人の執筆者の先生方による「座談会」である。通常の書籍であれば「あとがき」がある場所であるが、その代わりと考えるにはあまりに読みごたえがある。個人的には前書きにも書かれているように、まずこの座談会に目を通すことで、本書に込められた思いや専門家が語るアディクションの現実を体感することを是非お勧めしたい。

これだけ贅沢な内容に対する感想を述べ始めたらとても紙面に収まらないが、アディクションの今とリアルを多角的に理解する上で間違いなく必読の一冊である。

8. アルコール健康障害対策基本法の動向

堀井茂男
(公益財団法人慈圭会慈圭病院)
稗田里香
(東海大学健康科学部・非営利活動法人ASK))

年間 3 万 5 千人の死亡者と 4 兆円の社会的損失を減らすことを目的に制定されたアルコール健康障害対策基本法(以下、基本法)は、今年で施行(平成 26 年 6 月)後 5 年目を迎え、厚生労働省(以下、厚労省)の依存症政策は、薬物依存、ギャンブル依存と併せ、ここ数年数々の成果をあげてきている。基本法に基き策定されたアルコール健康障害対策推進基本計画は、平成 28 年度からの 5 年間を対象としており、この度、新たなメンバー構成(第三次)による第 1 回目の会議(第 18 回関係者会議)が本年 3 月 29 日に開催され、第 1 期基本計画(平成 28 年度~ 令和 2 年度の 5 年間)の見直しを目的に、スタートした。この会議において、厚労省から平成 30 年度におけるアルコール健康障害対策の状況、取組み事例について、令和元年度におけるアルコール対策予算及び事業の状況等について報告され、議論がなされた。ここでは平成 30 年度のアルコール関連事業等について簡単に概説する。

また、2018 年 9 月の日本アルコール合同学会の際に併催された ISBRA でのアルコール健康障害基本法に関する国際シンポジウムの報告書についても報告する。

1. 都道府県アルコール健康障害対策推進計画の取組状況

基本法第 14 条に基づき策定された基本計画は、平成 28 年 6 月より地方自治体に推進のバトンが渡された。アルコール健康障害対策推進計画(以下、推進計画)は、平成 31 年 3 月現在、 28 道府県が策定済み、14 都県が策定中、5 県が策定予定となり、令和 2 年度には 47 都道府県全てが出そろう予定となり、政府の目標達成の目途が立ったことになる。今後は、各自治体が掲げる目標数値達成に向けた具体的な取り組みに対する、モニタリングと成果の検証が重要と思われる。

2. アルコール関連問題啓発週間に関する実施状況

基本法第 10 条に基づくアルコール関連問題啓発週間(毎年 11 月 10~16 日)については、厚労省が主催するアルコール関連問題啓発フォーラムが東京で 11 月 10 日に開催され、都道府県との共催でも、佐賀、埼玉、秋田、愛媛の各県にて開催された。多彩なプログラムで、一般市民の関心が高まるよう、アルコール関連問題を自覚し、それをカミングアウトしているミュージシャン(森重樹一、ZIGGY)、元サッカー選手(前園真聖)、漫画家(菊池真理子)など、当事者性を意識した人選や、地域の特性を活かした工夫がみられた。

啓発ポスターは、地方公共団体、小・中・高・大学等の各種学校、警察署、公共交通機関等に約 45,000 部配布された。なかでも、新潟市薬剤師会が協力し、新潟市内の全ての薬局に啓発ポスターが掲示された。政府広報は、期間中に WEB ページのヤフーのバナーに広報が掲載された。

「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」は、愛知、大阪、東京で啓発イベントが開催され、WEB や SNS を活用しイベントや動画、漫画などが配信された。なかでも、平成 31 年 3 月 6 日の東京イベントでは、元プロ野球選手(清原和博)がサプライズ出演し、芸能界を中心とする依存症関連問題に関する誤った報道がもたらす偏見助長に対しても、大きな警鐘を鳴らした。

3. 依存症対策推進に関わる予算及び事業実績

依存症対策推進に関わる平成 30 年度の予算は、前年度に比べ 0.8 億円増額の 6.1 億円が配分された。その内訳と実績は次の通りである。

全国拠点機関における依存症医療・支援体制の整備(69 百万 円)では、独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターと、国立研究開発法人国立精神・神経医療センターと連携しながら、依存症の相談・治療に係る指導者養成事業、依存症回復施設職員研修、全国会議の開催、依存症に関する情報収集などが実施された。

地域における依存症の支援体制の整備(449 百万円)では、精神保健福祉センター等への依存症相談員が、前年度 8 自治体 から、35 自治体(27 道府県・8 市)に配置が拡大した。また、依存症の専門医療機関の選定では、前年度 3 自治体から、29 自 治体(21 道府県・8 市)で選定が進んでいる(平成 31 年 2 月現在)。

依存症に関する普及啓発の実施(95 百万円)では、愛知、大阪、東京で依存症の理解を深めるための普及啓発イベント、東京において依存症の理解を深めるための普及啓発シンポジウムが開催された。また、新しい試みである民間団体に直接助成する依存症民間団体支援(18 百万円)では、8 団体に事業費が助成された。

なお、令和元年度の厚労省の概算要求は 8.1 億円となっており、依存症患者やその家族等が適切な治療や必要な支援を受けられるよう、アルコール・薬物・ギャンブル等の依存症対策の全国レベルの拠点機関において、地域における指導者の養成、依存症の情報センターによる情報発信等を強化するとともに、都道府県等において、依存症の治療・相談支援を担う人材育成、依存症専門医療機関及び依存症治療拠点機関の選定や普及啓発等を行うことにより、依存症医療・相談支援体制を整備する。また、民間団体の支援や実態調査を実施し、広く依存症の正しい理解を広めるための普及啓発を実施する、こととなっている。

4. アルコール健康障害対策第 2 期基本計画策定に向けて

基本法に魂を入れる取り組みは、地域ごとに推進計画をエンジンとし、目標達成に向け、いよいよその真価が問われる段階に入った。そのような状況の中で第三次関係者会議の役割は、基本計画で掲げた重点課題である①飲酒に伴うリスクに関する知識の普及を徹底し将来にわたるアルコール健康障害の発生を予防する、②アルコール健康障害に対する予防及び相談から治療、回復支援に至る切れ目のない支援体制の整備、に向け掲げた数値目標がどれだけ達成されたかについて評価し、その効果、成果、課題をふまえた第 2 期基本計画(令和 3 年度以降)を策定することである。

昨年の日本アルコール・薬物依存関連学会合同学術総会京都大会で併催された ISBRA の国際シンポジウムにおいて、日本のアルコール健康障害対策基本法が優れて当事者主体であると WHO(世界保健機関)から評価を受けた。今後も、この理念がぶれぬよう当事者主体で推進していく視点が大切であると思われる。

5. ISBRA 国際シンポジウム報告書について

前記の、2018 年アルコール合同学会の際に併催された、ISBRA での国際シンポジウムの報告書「ISBRA2018 日本のアルコール健康障害対策基本法を巡る国際シンポジウム報告書」(猪野亜朗・廣中直行監修)が完成し、2019 年 3 月に発刊された。学会当日は台風禍で、関西国際空港が閉鎖され、波乱の下の開催であったにも拘らず、予定した演者は全員参加、参加者も 200 名 を超え、今後の日本のアルコール健康障害対策に大きく寄与できるものとなった。海外からの参加者は、Vladimir Poznyak(WHO、スイス)、Kenneth R. Warren(NIAAA、米国)、Thomas F Babor(コネチカット大学、米国)、Sawitri Assanangkornchai(プリンス・オブ・ソンクラー大学、タイ)、Irene Guerrini(モーズレイ病院&キングスカレッジロンドン、英国)であり、我が国 からの中谷元・中川正春(衆議院議員)、樋口進、廣中直行、猪 野亜朗、吉本尚、岩原千絵らの報告や討論が行われた。具体的な総括としては、この基本法の制定過程が、海外に見られない、学会、当事者団体、市民組織の連携したたいへんユニークな取り組みとして評価を受けた。本基本法が、報告書に示すように、 WHO が国際的に目指すレベル、海外諸国のアルコール対策、国レベルの規制…などを参考に、今後の日本のあり方の向上の指針の一つとなることが期待される。

<参考文献>

1) 厚生労働省ホームページ:
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000167071_450973.html(閲覧日 2019 年 6 月 1 日)

2)ISBRA2018 日本のアルコール健康障害対策基本法を巡る国際シンポジウム報告書、企画主幹:猪野亜朗、発行人:廣中直行、 編集:ISBRA2018 日本の基本法を巡る国際シンポジウム実行委員会、2019 年 3 月 31 日発行


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9.日本学術会議アディクション分科会活動状況

池田和隆
(東京都医学総合研究所 依存性薬物プロジェクト)

米国でのオピオイド危機やフィリピンでの極端な麻薬対策など世界的に薬物乱用の問題は極めて深刻です。主要諸外国での違法薬物の生涯経験率が 25~42%であるのに対して日本では 1 ~2%程度ですが、グローバル化が進む今日、日本での薬物乱用問題は急拡大する可能性があります。また、日本における非物質に対する依存問題は世界的に見ても小さくありません。パチンコ依存などギャンブル依存が深刻な中、2016 年に統合型リゾート整備推進法(カジノ法)が成立し、更なるギャンブル依存問題の拡大が懸念されています。インターネット依存など新た な依存も出現し、本年、世界保健機関は ICD-11 で新たにゲーム障害を疾患分類に位置付けました。このような、深刻化する物質依存問題と拡大している非物質依存問題に対して、2014 年にはアルコール健康障害対策基本法が施行され、2018 年にはギャンブル等依存症対策基本法が施行されました。このような大きな社会問題に対して、アカデミアにも対応が迫られています。

日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されたものです。その職務は以下 2 つです。

  1. 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
  2. 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

日本学術会議は日本の科学者約 87 万人を内外に代表する機関であり、210 人の会員と約 2000 人の連携会員によって職務が担われています。この日本学術会議において、アディクションに対するアカデミアの役割を明らかにし、社会発信することを目的として、2017 年にアディクション分科会が設立されました。委員構成は次のとおりです。


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伊佐正 京都大学大学院医学研究科教授
神尾陽子
(副委員長)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部長
川人光男 株式会社国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所長
池田和隆
(委員長)
公益財団法人東京都医学総合研究所参事研究員
岡本仁 国立研究開発法人理化学研究所、脳神経科学研究センター、チームリーダー
菊地哲朗 大塚製薬株式会社医薬品事業部フェロー(研究部門担当)
斎藤祐見子 広島大学大学院総合科学研究科教授
白尾智明 群馬大学副学長
關野祐子 東京大学大学院薬学系研究科ヒト細胞創薬学 寄付講座特任教授
南雅文(幹事) 北海道大学大学院薬学研究院教授
松本俊彦 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長
宮田久嗣(幹事) 東京慈恵会医科大学教授

JMSAAS 理事の松本先生、宮田先生、池田が委員に含まれており、JMSAAS とも連携して活動しています。また、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査事業とも連携し、重茂浩美(おもえひろみ)上席研究官にご担当いただいております。この他、東京都医学総合研究所の井手聡一郎主席研究員が分科会活動に加わっております。アディクション分科会設立以来、日常的なメール等での審議に加え、3 回の対面での分科会会議と NISTEP ワークショップが開催され、以下の項目について委員で分担して調査検討しております。

  • IR 法とギャンブル依存形成リスク(斎藤)
  • 諸外国における薬物依存の研究体制・治療体制・法規制の現状(關野)
  • 依存治療の内容と診療報酬(松本)
  • 依存研究における重要課題選定(重茂)
  • 物質依存と非物質依存の国内外での状況比較(久里浜医療センターの樋口先生に依頼)
  • 国内における刑務所・拘置所・鑑別所・保護観察所での薬物依存に対する取り組み(松本)
  • 脳科学等の進展を依存問題解決へ繋げる、脳内報酬系の解明状況と今後の展開見込み
      *遺伝的素因やシナプス・分子レベルでの依存研究(白尾)
    • *ヒトゲノムと依存脆弱性(池田)
    • *ストレスや痛みと依存(南)
    • *依存と神経回路(岡本)
  • 依存症治療法開発の現状とニーズ(菊地)
  • 子どもの発達と依存症(神尾)
  • 諸外国における依存を取り巻く現状(特に、非物質依存)(村井)
  • 依存研究の学際性(脳科学・哲学・法曹・教育への貢献)(伊佐)
  • バーチャル研究機関設立に関する骨子作製(必要性・有用性・可能性・独自性)(川人、池田)
  • 依存症研究人材の育成状況と今後(池田)
  • ICD-11 新疾患のゲーム障害に関する研究(宮田)
  • 依存症研究の俯瞰図(基礎臨床の軸、物質非物質の相違点と共通点)(井手)

特に、NISTEP の調査事業として、JMSAAS 理事・監事・顧問(計 26 名)を対象とした「依存症対策に向けた研究開発課題の抽出に関する調査」が本年行われました。26 名全員から回答が得られ、現在その回答内容が分析されています。

アディクション分科会では、上記の調査検討を踏まえ、現在「提言」を準備しております。「提言」は日本学術会議から発表されるものとなり、公官庁を含め広く社会に発信されるものです。

本年 10 月に札幌で行われる第 54 回 JMSAAS 学術総会において、白坂知信会長のご高配により、アディクション分科会の活動について教育講演として池田より紹介させていただく予定です。

ぜひ多くの皆様にご参加いただき、ご意見をいただいて、より良い提言に仕上げて参りたいと思います。アディクション研究の推進とアディクション問題への適切な対処に繋げるために、JMSAAS会員の皆様のアディクション分科会活動へのご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。


Photo by Tsutomu Suzuki

10.事務連絡

【ご入退会・変更等手続きについて】

周囲に当学会へご興味をお持ちの方がいらっしゃれば、是非、本学会へのご入会をお勧めください。

1)入会について

入会はホームページ掲載の入会フォーム(WEB サイト)にて、 必要事項をご入力ください。入会には理事会審査(1 か月に 1 度開催)が必要になるため、正式なご入会までには最大 2 か月程度お時間をいただくことがございます。

日本アルコール・アディクション医学会(東京事務所)
〒100-0003
東京都千代田区一ツ橋 1-1-1
パレスサイドビル (株)毎日学術フォーラム内
TEL.03-6267-4550 FAX.03-6267-4555
E-mail: jfndds@mynavi.jp
事務局営業時間:平日 9:30~17:00
※土日祝、お盆、年末年始、学術集会中は休業

2)変更について

ご所属、ご職名などに変更がありましたら、ホームページ掲載の変更届フォーム(WEB サイト)にて、必要事項をご入力ください。

3)退会について

上記変更届フォームにて必要事項を入力のうえ申請いただくか、上記の事務局まで FAX、E-mail、郵送等文書に残る手段で、①当学会名、②退会される会員のフルネーム、③○○年度をもって退会するとの一文、の 3 点をご連絡ください。

【啓発用リーフレットについて】

当学会では「あなたの飲酒が心配です」とした、啓発用のリーフレットを 1部 30円で下記印刷所に販売委託をしております。ご希望の方は下記までご連絡ください。

  • 会社名 :畠山印刷株式会社
  • 所在地 :三重県四日市市西浦 2 丁目 13-20
  • 電 話 :059-351-2711(代)
  • FAX :059-351-5340
  • Email :hpc-ltd@cty-net.ne.jp
※学会ホームページにも同様のお知らせを掲載しております。

11. 編集後記

広報委員会委員長 池田和隆
((公財)東京都医学総合研究所依存性薬物プロジェクト)

JMSAAS News Letter は、JMSAAS として学会統合した 2016 年から、当初の予定通り年 2 回発行しております。担当の広報委員会では、委員 6 名が順番に編集を担当しておりますので、3 年経って丁度一周いたしました。今回を含めましてこれまで記事をご寄稿いただいた皆様に感謝申し上げます。また、読者の皆様にもお礼申し上げます。編集の実務は、編集業務のご経験がある JMSAAS 東京事務所の鈴木めぐみさんが精力的に進めて下さっています。JMSAAS 会員の皆様の情報交換のツールとしてお役に立てるよう、今後も News Letter を継続して参りますので、ぜひご助言、ご寄稿をいただけますようよろしくお願い申し上げます。

広報委員会では、廣中委員にご担当いただき、JMSAAS のウェブサイトも管理しております。JMSAAS では京都事務局を京都府立医大学内に無償で置かせていただいていますが、ウェブサイトのサーバーも京都府立医大学のものを使わせていただいております。

ウェブサイトの更新は、京都事務局の二本松美穂さんと東京都医学総合研究所の江畑裕子非常勤職員が担当しておりますので、比較的タイムリーにアップデートしております。JMSAAS News Letter もアップロードしております。ウェブサイトにつきましても、ぜひご助言をいただけますようよろしくお願い申し上げます。

さて、本号ですが、ゲーム障害の ICD-11 収載にご尽力された樋口進先生の巻頭言に始まり、激変するアディクション問題の今の状況をタイムリーにお伝えする号になったと思います。

アディクションへの社会からの注目が集まっていることはもとより、研究者の間でもアディクション研究の重要性や学際性が認められてきていると思います。アルコール・アディクション研究の中心学会となった JMSAAS には、社会からも研究者コミュニティーからも大きな期待が寄せられていると思います。その期待に応えられるよう、JMSAAS 会員の皆様が当該領域で益々ご活躍いただくとともに、関連の学術領域の皆様にも広く連携していただき研究を発展していけると良いと思いました。

(本 News Letter への忌憚なきご意見をお寄せください。 E-mail: jfndds@mynavi.jp にて受付けております)


Photo by Tsutomu Suzuki